幻想都市サンクトペテルブルグ
日没とともに、ストリートミュージシャンの演奏も終わり、見物客も一人また一人と立ち去る。宿にすぐ戻っても良かったけど、街の灯りに誘われて夜のサンクトペテルブルグを一人彷徨い歩く。ネフスキー大通り沿いを行って帰ってくるだけだから地図は要らない。通りの建物と建物の間にはたくさんの教会があって、ライトアップされた姿は演劇の背景のような不思議な雰囲気を醸し出していた。
ドーム・クニーギ屋上にあるガラス張りの地球儀は暗闇の空を赤く照らしていた。この建物は昼は本屋になっているらしい、でも本屋というよりは秘密結社のほうがしっくりくる建築だった。道路を挟んで反対側にはカザン聖堂があったけど、もう閉まっている時間なので観光客はこの二つの建物の写真を撮っていた。遠くには、血の上の救世主教会のカラフルな屋根が見えた。
モイカ川の橋の上に立って休んでいると、橋の下を遊覧船が往来していくのが見えた。船の上から眺める景色はやはり少し違うもんだろうか。
街灯には花が飾られていて、建物のオレンジ色の灯りに照らされていた。ネフスキー大通りでは花をよく見かけた。
宮殿橋からネヴァ川を見下ろすと、川の先にウラゴヴェシチェンスキー橋が見えた。この川をずっと進むとフィンランド湾に出る。サンクトペテルブルグからフィンランドのヘルシンキまではフェリーも運航している。船で北欧に向かう、それもありかもしれない。ロシアに渡った最初の船旅を思い出して少し懐かしさに浸った。
宮殿橋は跳ね橋で、白夜の季節は夜中に船を航行させるため橋の中央付近が上がり、ライトアップされた橋はとても美しい姿になるらしく、サンクトペテルブルグの一つの名物になっている。僕が訪れた時間はまだ早かったみたいで、残念ながらそれを見ることはできなかった。
ロストラの燈台柱まで行って、宮殿広場を回って引き返すことにした。エルミタージュ美術館の上には月が出ていた。川の側では、ストリートパフォーマンスをする人たちや、夜景を眺めている人たちで溢れていた。
歩いているとサンドイッチ屋を見かけて、少しお腹も減っていたので買って食べた。宮殿広場に入ると眩い光の中に出て、これはまた随分と明るい夜だなと思った。宮殿広場では、座って話している人や、写真を撮っている人、楽器を演奏している人、馬に乗ってる人と、いろいろな人がいた。でも酒を飲んで叫んでいるような人がいる感じではなく、どこか穏やかな夜だった。
宮殿広場の時計を見ると、もう0時を回っていたので宿に戻ることにした。
ネフスキー大通りを宿の方向へ向かって歩いていると、足長ピエロのパントマイマーや白馬の馬車を見かけて、まるでおとぎ話の世界だと少し笑ってしまった。この街の夜は、ずっとこんな光景が続いていた。
横断歩道を渡って宿に帰り、ソファーに座ってコーヒーを飲んでいると、宿にいたカーチャというサンクトペテルブルグに留学中のウクライナ人の学生に声をかけられたので、眠くなるまで話をしていた。カーチャは「ヒヒヒ」と笑う少し不思議な感じの女の子だった。
つづく