初めてのボルシチとイルクーツクの家族
カール・マルクス通りを歩いていた。ディマもアーニャもユリアも、街の写真をたくさん撮って歩くのが遅い僕をその都度振り返ってちゃんと待っててくれて嬉しかった。スパシーバ(ありがとう)
カール・マルクス通りのそばにあるこの日本情報センターでは、地元の人々に日本について紹介したり、観光客などに市内の案内を日本語でしてくれているらしい。「何かわからないことがあったら聞いてみたら?」とユリアが親切に連れてきてくれたんだけど、行った時には営業時間外で開いてなかった。
時刻は夕方にさしかかっていたはずだけど、まだまだ空はお昼のように明るかった。市内にある建物は洋風な感じのものが多く、街路樹ととても合っているように思えた。通り沿いではSONYやSUBWAYの看板も見かけて、不思議と親近感が湧いた。
歩き疲れたので、噴水のある広場で少し休んだ。イルクーツクは緑や水が多く涼やかな雰囲気がした。ここのベンチに座ってた人たちが僕と一緒にいたディマたちに声をかけてくれて僕たち4人の写真を撮ってくれた。
今度は来た通りを戻ってドラマ劇場の方へ向かった。その途中でイルクーツクの古い家が立ち並ぶ通りも案内してくれた。この木造建築の心もとない家で、ロシアの厳冬期の寒さに耐えられるのが信じられなかった。
歩いていると、ユリアが「これ、知ってる?」と、三人組の男の写真を見せてきたけれど「いや、知らない」と答えた。どうやらロシアで有名なコメディフィルムらしく「すごく面白いのに」と言うのだが、写真を見る限り誘拐シーンの一コマのようにも見えるし、これがコメディなのかとちょっとよくわからなかった。アーニャとディマは無反応だったし、多分、ユリアの趣味なのだろう。
話しながら歩いていると、ドラマ劇場前に差し掛かった。ここでは、ミュージカルやオペラを観ることができて、ユリアが言うには「人気の演目はすぐに埋まってしまうの必ず予約しなきゃダメ」らしい。劇場内に入って、タッチパネルでチケットの買い方を丁寧に教えてくれたユリア、多分観ても解らないから来ないだろうなと思いつつも黙ってそれを聞いていた僕。外で待ってたディマとアーニャであった。
ユリアによる授業が終わり、外で待っていた二人と合流しアンガラ川沿いの公園に出た。この公園にはシベリア鉄道の敷設に貢献したアレクサンドルⅢ世の像があった。この公園では、おじいさんとおばあさんが音楽をかけてダンスを楽しんでいたのを見た。
ここからショッピングモールがある丘の方まで歩いて行ったら動物の像があって、アーニャが「これがイルクーツクの市章だよ」と教えてくれた。クロテンというイタチを咥えたバーベルという黒いトラらしい。ずいぶんと怖めの手をしているけど、子どもの遊び場になってて大人も一部遊んでいた。この近くはお土産なんかも売っていて食事ができるところもあった。僕らは店に入って軽食とビールで乾杯した。
ショッピングモールの中にはたくさんのブランドショップが入っていてとても綺麗な建物だった。地下に大きいスーパーマーケットもあったから、お世話になっているお礼にとディマたちに何か日本食を作ろうと食材を探してみたが、少ししか見つけられなかった。それも蕎麦はあるけどつゆはないといったように部分的に足りないので、結局料理が作れないような感じで困ってしまい諦めた。ウラジオストクにはあんなに種類があったのに。がっくりして外に出ると、子どもたちが随分とでかい遊具で無邪気に遊んでいた。それにしてもでかい。
このショッピングモールの近くからトラムに乗り家に帰ってきたら、ちょうどウラジーミルさんが車の調子を見ていた。どこかで擦ってしまったのだろうか。家にあがるとディマのお母さんのナターシャさんが晩御飯を作って待っててくれた。
「さぁみんなで食べよう」というときに、ウラジーミルさんはどうしても車の調子が気になるみたいで試走に行ってしまった。
仕方がないから、ウラジーミルさん抜きでコニャックで乾杯し晩御飯をいただいた。ユリアが作ってくれたボルシチはとても美味しかった。僕にとっては初めてのボルシチだった。こういう食べ方なのかわからないけど、ヨーグルトも入っていてかかすかに酸味があった。コニャックはかなり強かったのでちびちび飲んでいたら、ディマに「3回くらいで飲み干して次」と言われ、そんな風に飲んでるうちに少し酔ってしまった。
車を運転するディマに道中安全のお守り、明るくて笑顔の素敵なアーニャには縁結びのお守り、着物が似合いそうなユリアには扇子をあげたら喜んでくれて嬉しかった。しばらくしてウラジーミルさんが戻ってきて、またコニャックで乾杯した。言葉は全然わからなかったけど楽しかった。ナターシャさんには日本のことを聞かれて「例えば僕の住んでいる神奈川の冬の気温は6度くらいかな、シベリアは?」と聞いたら「寒い時はマイナス40度くらいになるわ」と笑って言って「これがシベリアの冬の格好よ」と毛皮の服を出してきて着させてくれた。ウラジーミルさんはロシアのお正月について教えてくれて、12月31日から1月12日までモミの木で飾り付けをするようなこと言ってた。「だからまたいつかその時期に来なよ」と。ありがたかった。
食事も終わり、ディマはウラジーミルオストクからイルクーツクまでの運転の疲れが出たのか、早々に寝てしまった。アーニャは露日辞典というのを持ってきてて、僕が持っていた『旅の指さし会話帳』を見るのが面白いみたいで熱心に読んでいた。ユリアは「私のオススメの本はこれよ」といくつかロシアの本を教えてくれたけど、全然知らない本だったので、タイトルを手帳に書いて、日本に帰ったら日本語訳を探してみることにした。「なにかオススメの本はある?」と質問してきたので前回旅したときに読んだ『百年の孤独』や『学問のすすめ』などを教えてみたけど知らないようだったので、「あとはそうだな『シャンタラム』とかかな」と言ったら、これは知っていて驚いた。まさかインドに行くきっかけになった本の話が、ロシアで盛り上がるとは不思議な感じだった。
それにしても、この二人は彼氏はいるんだろうか。ちょっと聞いてみようかな。
つづく