ロシア最大の国立美術館エルミタージュ
手荷物のチェックとX線検査を受けてエルミタージュ美術館の中へ入ると、入口付近に日本語版のフロアガイドを見つけたので一部取っておいた。収蔵美術品数300万点、全ての展示室を見て回ると20km以上になると言われるロシア最大の国立美術館。ちょっとでかすぎだろう。
エルミタージュ美術館は、皇帝が冬を過ごす宮殿の冬宮、小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、エルミタージュ劇場の5つの建物がすべて廊下で繋がるようになって1つの建物のようにできている。個人で見て回ったら6時間かけても全て見終えることはできず、最後は閉館の合図とともに係員に追い出される形で出ることになった。それくらいの大きさなので、入る前から最低限見たい作品に目星を付けておくとよかった。
エントランスを抜けて大使の階段を2階へ上ろうとすると、この階段のロシア・バロック様式の豪華装飾の美しさに驚かされた。そもそもこの美術館の成り立ちが、ロシアの女帝エカチェリーナ2世が個人的に集めた美術コレクションがどんどん増えちゃって、収まり切らないので建増し建増し最終的に国立美術館として一般公開されるようになったらしいのだが、いくらなんでも集めすぎでしょう。
圧倒されながら階段を上がり、ピョートル大帝の栄誉を讃えるために作られた『ピョートル大帝の間』を抜け、ナポレオン戦争に参加した将軍たちの肖像画が飾られている『1812年祖国戦争の画廊』に入った。肖像画は300名にも及び、戦死のため描けなかった人物のために空白の額まで設けられていた。
『1812年祖国戦争の画廊』の隣には『聖ゲオルギーの間』があり、ここは歴代皇帝の謁見の間、入口から玉座までが遠い遠い。
この間を後にして進むと『パヴィリオンの間』に出た。ここは以前は四つの部屋に分かれていて、エカテリーナ2世の愛人が暮らしていたらしい。中央に飾られてる18世紀後半にイギリスで作られた『孔雀時計』は愛人の一人ポチョムキンからエカチェリーナ2世へのプレゼントだったそうだ。この時計は面白い動きをするので、ちょっと欲しくなった。せめて梟だけでも。
エカチェリーナ2世は公認の愛人が約10名、その他に数百名の男性愛人を持ち、孫のニコライ1世には「玉座の上の娼婦」とまで呼ばれていたらしい。日本じゃ不貞だ何だと罵られそうだが、ここまで来るとレベルが違ってもはや面白い。僕は不倫や浮気を肯定しないけど、どれだけ魅力的な人物かと逆に興味が湧いてお会いしたいくらいだ。まぁそれは叶わないけど、史上最強の女帝恐るべし。
実際、ロシア皇室の血をひかないどころか、ロシア人ですらないポーランド出身のエカチェリーナが、ロシア語を覚え正教に改宗し、ロシアの女帝として34年間もの長きに渡って皇帝を勤め上げ、ちゃんと政治的な実績まで残してるんだから半端な人じゃないんだろう。彼女とピョートルにしか与えられたなかった偉大な皇帝の称号を表す「大帝」の名も伊達じゃなさそう。
さらに進むとイタリア美術の展示があり、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロの名画が飾られていた。このエリアだけでも一つの美術館として有り余るくらいだった。ラファエロによって、ヴァチカンのフレスコ画が壁一面に模写された回廊を進んだ。
『騎士の間』を抜けてスペイン美術の展示に進み、エル・グレゴ、ゴヤ、ベラスケスを眺める。ベラスケスの『昼食』の右端に描かれてる人は実に愉快ないい顔をしていると思った。
そこからオランダ美術の展示室へ、レンブラントの『放蕩息子の帰還』を鑑賞した時は、さてさて自分の帰還もいつになることやらと思った。
この辺りで道に迷ってしまい、展示室の扉の上にある部屋番号を再度確認して、フランドル美術のルーベンスを観て近くの階段から3階へ上がり19世紀後半から20世紀のヨーロッパ美術の展示に入り、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌ、モネ、ルノワール、ピカソの絵画を観た。
アンリ・マティスの作品を見たのは初めてかもしれなかったけど、これは僕にはよくわからなかった。これだけの種類の作品を一度に見れるとなると自分の好みもなんとなく浮き彫りになる、僕はモネやゴッホといった印象派の画家が比較的好きみたいだ。そうは言っても他の絵画も、趣味の写真の参考構図になったりと勉強になることは多かった。
冬宮3階には日本や中国などの東洋美術も展示されていた。敦煌石窟の壁画を見た時は、以前西安に行った時のことを思い出した。もしあの時もっと時間があれば敦煌まで行って月の沙漠も見てみたかった。日本美術ではうちわや箪笥、櫛などが展示されていた。
10月の階段から2階へ戻り『白の間』『黄金の客間』『真紅の客間』を見学した。『真紅の客間』は何だかよくわからない人形と犬のオブジェが置いてあった。この辺りにあったピアノの装飾がすごいなと思ったけど、またしてもこの辺りで道に迷ってしまった。ガイドブックに描かれている展示室数だけで400もあるから、もうしょうがない。
美術館自体が歴史的建造物のためよく修復作業をしていたり、大きすぎて人員不足のため一時的に閉まってる部屋もあり、行けないところや地図とは違う場所に移されている展示もあって、道に迷いながら、その都度、係員に尋ねながら歩いた。エルミタージュはフランス語で「隠れ家」という意味があるらしい、確かにこんな調子では、誰も見つけられそうにない。
館内をぐるぐる迷って、古代絵画史の画廊の辺りで係員に「そろそろ閉館になるので退館してください」と言われてしまった。徐々に扉が閉められて、出口階段に追いやられていった。そして古代の展示室を通り抜け入場ゲートから中庭へ出た。
中庭に出て屈伸と背伸びをした「鑑賞し疲れた〜歩き疲れた〜お腹すいた〜」
入ってから出るまで結局6時間くらい見ていたが、閉館で追い出されてしまったので全部は見れなかった。もうこれは一つの運動、芸術の道は長く険しい。次ここに来る時は走りやすい格好でくるのがベストだと思った。
つづく