サンクトペテルブルグに響け!ストリートミュージック
小さな売店でアイスとパンを買って軽く腹ごしらえを済ませた僕は、宮殿広場でも見に行こうとネフスキー大通りを歩いていた。初めて見たサンクトペテルブルグはとても華やかな街で、夕日に照らされた景色が眩しかった。フォンタンカ川を渡り、しばらく行くと建物に反響して音楽が聞こえる「ストリートミュージシャンか、きっとどっかで演奏してるんだろう」その程度だった。
「ここだったか」オストロフスキー広場の角で人が集まってるのが目に入った。通り過ぎようとしたのに、演奏というかその場の雰囲気のようなものに足を止められてしまった。
それから何時間ここにいたかわからない。僕のサンクトペテルブルグで一番好きな場所は『エルミタージュ美術館』や『地の上の救世主教会』じゃなくて、この何でもない公園の片隅になった。
何となく音が気に入って、いい曲だなと思って立ち止まって聴いていたら、次第に歩いていた人たちも同じ様に立ち止まっていった。
そして、徐々に曲に合わせてダンスをする人たちも出てきて、日本人の僕からしたら、それをするには少し気恥ずかしくて照れてしまいそうな気がしたけど、ずっと眺めていると踊っている人も見ている人もとても楽しそうだった。
その光景を見ていた僕は、ただなんとなく何かに乾杯したくなって、すぐ隣にあった売店で缶ビールを買って飲んだ。風は涼しくて気持ちがよかった。
このミュージシャンは顔は厳つくて怖いけど、演奏後に一瞬優しく笑う。それもまたなんか可笑しくて。演奏を聴いていたおじさんと青年は、曲の好みが合うのか一曲ごとに楽しそうに話していた。
警官の様な人たちも静かに立ち止まり、ダンスをしていた大人たちを見てた子どもがまた曲に合わせて踊りだしはしゃいでいた。
そしてまた一つの曲が終わる頃には、たくさんの人が増えていき、そしてその誰もが楽しそうだった。
気がつけば大分ここで時間を過ごしてしまったので、鳴り止まない拍手から離れてまた散歩を続けた。やがて日は沈み夜になった、サンクトペテルブルグ初めての夜。
宮殿広場まであと少しのモイカ川の橋まで来たところで、今日はあの場所だけでいいかなとふと思い立って引き返してみたら、さっきまでいた人たちもまだ演奏を聴いていた。撮影をしている僕と目が合ったおじさんに「良い曲ですね」と伝えたら、微笑み返してくれた。
何でもない場所で、どこの誰ともわからないストリートミュージシャンの曲を、時間を忘れてここでみんなとずっと聴いていた。でも僕の中では、ここにいたことは確かに幸せな時間だった。それだけで満足だった。
つづく