『ちひさな群への挨拶』僕の世界一周の旅に影響を与えた本【趣味】
こんにちは。こちらは僕の世界一周の旅に影響を与えた本の紹介記事です。3冊目は詩になります。『吉本隆明初期詩集』の中に収録されている『転位のための十篇』より『ちひさな群への挨拶』です。これは詩人・吉本 隆明(よしもと たかあき)さんの1953年の作品です。小説家・吉本 ばななさんのお父さんに当たる方と言ったほうが分かりやすいですかね。
あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ
冬は背中からぼくをこごえさせるから
冬の真むかうへでてゆくために
ぼくはちひさな微温をたちきる
をはりのない鎖 そのなかのひとつひとつの貌をわすれる
(吉本 隆明・『吉本隆明初期詩集』講談社文芸文庫・1992年・227ページ・『転位のための十篇ーちひさな群への挨拶』より一部抜粋)
『吉本隆明初期詩集』の紹介
東京下町の少年時代、山形米沢の高工時代──「巡礼歌」「エリアンの手記と詩」など習作期の詩作と第1詩集「固有時との対話」第2詩集「転位のための十篇」を収める。敗戦後の混乱した社会に同化できない精神の違和と葛藤を示し、彷徨する自己の生存をかけた高い緊張度により支えられる自選初期詩集54篇。
(Amazon・内容紹介より)
感想
僕は『吉本隆明初期詩集』自体を読み込んでいる訳ではありません。また『転位のための十篇』を取っても同じです。僕が旅をする前に興味を引かれたのはあくまで『ちひさな群への挨拶』の一部分で、残念ながらこの詩の背景や著者の吉本隆明さんについて紹介できる程は理解している訳ではありません。
詩は人によって感じ方の違いが強く出るものだと思いますので、それが誤解であったとしても感想をただ感じたままに書くことにしました。詩は見る人が見れば、聞く人が聞けば、同じ人でも触れる時間によって、その人の心境によって、全く違う感じ方をすると思います。なぜなら自分自身、今この詩を読んで、よくこれで世界一周の旅に出るきっかけになったなと思うからです。でも不思議なもので、僕にとっては確かになったんですね。詩は今まであまり興味がなかったんですが、もしかしたらそういうものが詩の面白さなのかもしれません。
ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むかうへ
ひとりつきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは嘘だから
ひとりつきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時刻がむかうかはに加担しても
ぼくたちがしはらつたものを
ずつと以前のぶんまでとりかえへすために
すでにいらなくなつたものはそれを思ひしらせるために
ちひさなやさしい群れよ
みんなは思い出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出遭ふために
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れてゐる
がぼくの瞋りは無尽蔵だ
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる
もたれあふことをきらつた反抗がたふれる
ぼくがたふれたら同胞はぼくの屍体を
湿つた忍従の穴へ埋めるにきまつてゐる
ぼくがたふれたら収奪者は勢ひをもりかへす
だから ちいさなやさしい群れよ
みんなひとつひとつの貌よ
さやうなら
(吉本 隆明・『吉本隆明初期詩集』講談社文芸文庫・1992年・229-230ページ・『転位のための十篇ーちひさな群への挨拶』より一部抜粋)
僕は世界一周の旅に出ると決めた後、出発した直後でさえも不安でものすごく憂鬱でした。とても楽しいことが待ってるなどとは思えませんでした。今となっては大げさかもしれませんが、自分の人生を踏み躙る一歩を自分で踏み出すような恐怖を感じていました。他の世界一周旅行者たちの、あの希望とやる気に満ち溢れ充実した笑顔が更に気持ちを重くさせ、一体この人たちはどんな精神状態なんだとよく疑問に思ったものです。混乱してましたね。
だからこの詩は、不安に押し潰されかけていた僕が「それでも」と思えるきっかけになった詩で、実際は世界一周の旅に影響を与えたと言うよりも、何か自分が新しいことや信じること、挑戦をする時に奮い立たせてくれた詩になったのかなと思います。当時はそれくらい自分を励まさなければとてもじゃないけどやってられませんでした。
そうそう、イタリアでは吉本 ばななさんが有名なのか、イタリア人の友達が吉本 ばななさんを好きだったので名前をよく連呼していたのですが、「ばなな」の発音が予想以上にBananaで「やっぱ英語だとそうだよな」とちょっと笑ってしまうこともありました。
著者の紹介
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