戻り始めた時間の中で
ミハイルたちが降りて車内は急に静かになってしまった。列車に乗り続けてもうすぐ3日目を迎える。今夜は少し冷えそうだから、サモワールで温かいお茶を作って、車両と車両の間の通路に立って飲んでいた。
しばらくして列車が駅に停まった。夜遅くだったので殆どの人は寝ていたため、列車の外に出る人は少なかった。日本を出て、僕は今ロシアのどのあたりを走ってるんだろう。乗客を乗せるとまたすぐに列車は出発した。
朝起きてヒロクに着いた頃は、雨が降っていて、外では吐く息も白くなるくらい寒かった。車内の温度計は16度を指していて、また少し寒くなっていた。
チナさんが熱いお湯でカップスープを作ってくれたのでクリスのグラスを借りて頂いた、体が温まってとても美味しかった。僕のグラスはおばあさんの入歯洗浄に使われていたので、後で車掌を見つけて新しいグラスをもらった。列車は次の停車駅ウラン・ウデへ向かっていた。カップラーメンを食べながら、窓から外を見ていたら小船に乗ってる人が見えた、釣りでもしてるんだろうか。
借りていたグラスを返しにクリスのシートへ行って「昨日の夜見かけなかったけど何してたんだ?」と聞いたら「トイレの電灯に服を被せて暗くして窓を開けて星空を見てた。天の川まで見れたよ」と答えた「誘ってくれよ」と言ってクリスを小突いた。
クリスの隣のシートにはミンさんという韓国人の旅行者がいて、ミンさんはカップラーメンを食べた後「ビニールをこう、カップラーメンの容器の中に敷いて、また使える!」と自慢気に言ってきて、調子の良いクリスは「頭良いね!」と言っていたが僕は「サモワールのお湯で容器を少し洗えばいいだろ」と思った。「これも見てくれ」と言って僕らを通路に連れ出し「高いところにあるコンセントでもこうやれば携帯も充電できる!」と言うので「ハイハイ」と見てみたら、「これは!頭良い!なオイ」そんなミンさんはノヴォシビルスクまで行くと言っていた。
シベリア鉄道が山間の小さな町の側を走っている時は、牛を散歩させているおばあさんが見えた。ロシアの田舎では本当にのんびりした感じで畑をやったり、牛や馬の放牧をしていたりした。席に戻って少し早いけど僕も降りる準備をしようとしたら、チナさんに「まだまだ早すぎるよ」と言われた。
そうかと言ってすることもなし、席に座ってぼーっとしながら通路の様子を眺めていたら、昨日一緒にウォッカを飲んだトルクメニスタン人のレナートが手招きしているのが見えたので、何かと思って行ってみたら「魚食べようぜ」と言ってオームリ(バイカル湖名物の魚)を食わせてくれた。アジの干物みたいで少ししょっぱく、酒のつまみにはちょうど良いかもしれない。
26歳のレナートは一歳半の子どもと、親父さんと釣りに行って大物を一緒に釣り上げた時の携帯の写真を、嬉しそうに話しながら見せてきた。「トルクメニスタンか〜いつか行ってみたいな〜」なんて話をしていたら、車内の子どもたちが虫のようなおもちゃで遊んでいたので、レナートとクリスも一緒になって遊び始めた。
ウラン・ウデに着くとクリスが降りていった。僕は「西へ向かうなら同じ方向だから、またどこかで会おうぜ」と言った。クリスは「イルクーツクを出るときにメールするから、運が良ければモスクワでまた会おうよ」と言って別れた。
席に戻ると、チナさんが「さぁ昼食よ!たまには魚も食べなきゃダメよ」と言ってオームリを買って待っててくれた。さっきレナートのところで2尾ほど食べたから、また魚か〜と思ってしまったが、せっかくのご厚意だから、初めて食べるような感じで完食した。
日本から西へ向かって旅をしてきたつもりだった、地球は丸かった。ウラジオストクから走り始めたシベリア鉄道はイルクーツク州に入り始め、現地時間は14時20分(UTC+9)。
日本時間も14時20分(UTC+9)になった。時間は戻り始め、時差はついに0になった。
つづく