スプートニクスよ永遠に
ミハイルたちは自分たちの首を指で弾く仕草でニヤニヤと笑いながらこっちを見てきた。「何だそれ、意味わかんね」と少しイライラしていると。髭面の男は「ああ、これはね」と日本語で話し出した。
「一緒に酒飲もうぜって意味のジェスチャーなんだよ」「なんだよそれ、知るか」
「お前らいくらなんでもウオッカ飲みすぎだろ」「ニノもう一杯だ」「バカ野郎、だけどそうじゃなきゃロシア人じゃねぇ、ヤポンスキー(日本人)なめんじゃねぇ」「俺はメヒコ(メキシカン)」「うるせぇ」「乾杯!」
酒を飲み干すとミハイルたちはカードゲームを始めたので、ルールの分からなかった俺はアンドリューと話をしていた。アンドリューは僕の隣のシートに入ってきた男だった。『旅の指さし会話帳ロシア』を見せたら、面白そうに読んでいた。ハムを切るためにアンドリューが使っていたナイフは、人も殺れそうだった。
カードゲームを抜けてきたメキシコ人のクリスに、何で日本語が話せるか聞いたら「日本の茨城に3年住んでてNOVAで働いてた」からだった。クリスは『列車の中で朝に「おいしい」とか日本語が聞こえてきたから夢かと思ってたよ〜』と陽気に笑ってた。2ヶ月後の10月末にある兄弟の結婚式に合わせてニューヨークまでヒッチハイクをしながら陸路の旅で世界一周して向かうらしい。「どこで寝たりするんだ?」と尋ねたら「昼は駅とかで寝て夜起きたりしながら移動してく、日本は公園で荷物を置いて寝たり散歩しても安全だからすごいけどね」とあっけらかんと言った。生まれて初めてあったラテン系の男とは旅の仕方は全然違うけど、意外に気が合った。
ミハイルたちは3つ先のチェルヌイシェフスク・ザバイカリスキー駅で降りて列車を乗り換えるらしい。そんなことを話していたら、1つ目の駅に泊まったミハイルが「ニノ来い」と言うのでクリスと付いていった。
着いた先は酒屋だった。「駅には酒売ってないからな」とミハイルは言った。「よし戻るぞ、急げ」と僕たちは酔っ払いなのに走って列車へ戻った。「ここからいくぞ」と停車中の列車をくぐって。
僕たちの車両に戻ると、みんなが待っていた。車掌は、僕たちが飲んだ酒と食べ物のゴミを捨てていた。バカばっかりで申し訳ない。
一旦座席に戻ると、チナさんは真剣にクロスワードパズルをしていた。「あまり酒を飲んで騒いでると鉄道警察を呼ばれて、降ろされることもあるからほどほどにね」と教えてくれたので「わかった注意する」と答えた。
楽しい時間は過ぎるが早いもので、もう2つ目の駅に着いてしまった。この駅は10分ほど停まっただけですぐに出発した。次はミハイルたちの目的地、チェルヌイシェフスク・ザバイカリスキー駅。もうすぐ陽気で騒がしい彼らとはお別れか。
そして着いてしまった別れの駅、チェルヌイシェフスク・ザバイカリスキー。ミハイルたちの乗る列車は僕らの後だそうなので、さっと景色を眺めてくることにした。
戻ってきたら荷物を降ろしたミハイルたちが鉄道警察に注意されていた。「怒られちまった」と。「はしゃぎすぎたな」と言って笑った。僕らの列車の出発のアナウンスが鳴ったので「ダ スヴィダーニヤ(また会おう、元気で)」と言ってミハイルたちとは別れた。
窓から手を降り僕の乗った列車は駅を離れた。ミハイル、マキシム、アンドリュー、またどこかで。
つづく