ロシアの家族と過ごした日々は
家に帰るとオーブンの調子が悪いらしくウラジーミルさんが修理をしていた。ディマはネットで車の交換用のパーツを調べている。僕はナターシャさんとユリアがブテルブロートというサンドイッチみたいな料理を作ってくれたのでそれをいただいた。
食べてる時に二人に「モスクワの後はどこへ行くの?」と聞かれ「ヨーロッパのどこかへ抜けるつもりです」「サンクトペテルブルクには行かないの?」「サンクトペテルブルク?」「いいところだから行ってみたら?」「ビザの滞在日数的には少し余裕があるし行ってみようかな」
この後、ユリアがモスクワとサンクトペテルブルクで絶対に行くべき観光名所をピックアップしてガイドブックに書き込んでくれた。しかし「この日数でこれだけ行くのはさすがに無理だよ」と言ったら、再チェックが入り絶対に行け観光名所のリストができた。
ディマも来て、モスクワとサンクトペテルブルグについて教えてくれた。ささいなことだけど、二人の血液型が気になったので聞いてみたら、ディマは2でユリアは4だった。「2と4?」「僕はAだよ」「A?」全然わからなかったので「1が一番人口比率多い?ん、違うの?2が一番人口比率多いのか」「4は珍しいんだ?」という情報から推測してみた通り、調べてみると2はAで、4はABだった。ロシアでは数字式なんだな。
夕飯はナターシャさん特製のひき肉のスープで、相変わらずナターシャさんの料理はとても美味しかった。もう食べられなくなるのかと思い少し寂しくなっていると「今、オーブンでお菓子を焼いているわ」と言われ「しまった。スープ食べ過ぎたかもしれない」と少し後悔した。
食後は僕とディマとアーニャとユリアで、近くのスーパーへ列車に持ち込む食料の買出しに行った。パン、ハム、チーズ、カップヌードル、チョコレート、ジュース。2泊3日分の食料を選んだ。これに来た時に食べきれなかった食料を足せば、まぁ十分だろう。
家に帰ると、できたて熱々のロシアパイが待っていて、一皿僕の分らしい。ナターシャさんは「たくさん食べて」と言うので、ウラジーミルさんがオーブンを修理して、ナターシャさんがせっかく作ってくれたありがたい気持ちだと気合入れて全部食った。「どう?」「アトゥリーチナ(最高)」「そう、よかった、これは列車で食べる分ね」と別に用意されていた。さすがナターシャさんだ。
食べ疲れた感じで、部屋で荷物をまとめていると、ユリアとアーニャが来た。どうやら旅の道具に興味があるようだったので少し見せてあげた。思えばこの二人には最初、随分と心配をかけてしまった。「あの時はごめんね」と言った。「本当だよ」と笑って言ってくれてよかった。
キッチンでお茶を飲んでると、ディマが呼んだタクシーが予定時間より一時間も早く来てしまったので、突然だけどもう出ることになった。すぐにシャワーを浴びてきて髪も乾かないうちに、バックパックを背負って荷物を持ち忘れ物がないか確認し、玄関の前でナターシャさんとディマに「またいつか会いましょう。ありがとう、元気で」とお礼を言って、見送ってもらった。階段を降りて、アーニャとユリアとウラジーミルさんとタクシーに乗りこんだ。四人を乗せたタクシーはオレンジ色の街灯に照らされた道路を抜けてイルクーツクバグザールへと向かった。
バグザールに着くと列車は一時間半ほど遅れていた。女の子もいるのでウラジーミルさんに「ありがとう。もうここで平気です。暗いですし帰っても大丈夫ですよ」と言ってみたが「大丈夫、気にするな」と結局四人で列車を待った。
待ってる間は、ここ数日の出来事を話したり、モスクワのことを教えてもらったり「知らない人に付いて行っちゃだめよ」と言われて「そっちも知らない人連れてきちゃだめだよ」と言ってみたり、僕のiPodで邦楽を聞いてみたりして過ごした。ウラジーミルさんはドラゴンボールのCHA-LA HEAD-CHA-LAが気に入ったようで「ナーナーナーナナー♪(チャラーヘッチャラー♪)」を繰り返してた。
案内板に僕の乗る電車が到着するホーム番号が表示されてしまった。来た時は一人で抜けた連絡通路を今度は四人で通ってホームに着くと、列車がホームへ入ってきた。チケットを確認し、乗る車両へ向かうと、ウラジーミルさんが僕のバックパックを席まで運んで、おまけに布団まで敷いてくれていた。
そのあとはアーニャとユリアのところに戻り、出発までは列車の乗降口の近くにいた。話すことはあまりなかった、何を話していいのかもわからなかった。「ありがとう」も言った。「お世話になりました」も言った。「楽しかったです」も言った。僕は「さようなら」という日本語を教えた、けれどそれを言う気にはなれなかった。握手をしてハグをして、気楽な感じでこう言った。
「スパシィーバ ボリショーイ ダ フストゥレーチィ スパコーイナイ ノーチィ(本当にありがとう またね おやすみなさい)」
発車のベルが鳴り、昇降口を駆け上がった。僕の人生の中のたった5日、本当にわずかな日々の出来事。
だけど僕は手を振る三人の顔と、イルクーツクで過ごした日々を忘れない。
つづく