ヴァグザールの前で

ウラジオストクヴァグザール(駅)

正午。今度の下船の順番はロシア人から先だった。長くかかりそうなので、中島さんの部屋でアナウンスを待つことにした。そこではウクライナ人の男性、韓国人のご夫婦が同じく休んでいた。ウクライナ人の方には「シベリア鉄道なんて暑いし疲れるし酷いよ、飛行機で行った方が楽だし簡単、それにロシア語も話せないのにロシアに来て大丈夫?」と言われたけれど「今さらそんなこと言われてもね」

 

韓国人の朴さん夫婦は、奥さんが体調を崩してしまったらしく、旅行のスケジュールで少しもめていた。奥さんは「電車で一気にモスクワまで行きたい」と言っていたが、旦那さんは「せめて中間地点のイルクーツクで休んで行った方が良いよ」となだめていた。意見を求められたので、僕も旦那さんの案に賛成だと伝えた。何かと不安そうな奥さんに「Don’t worry be happy」と言ってみたらややウケた。

 

リーさんは軍艦の写真撮影に夢中

リーさんは軍艦の写真撮影に夢中

 

ロシア人の下船完了を甲板に出て見ていると、大学で社会人向けの語学講師をされている釜山出身のリ先生と出会った。リ先生は学生たちと旅行に来てて「今は試験的に韓国人はロシアを旅行するのにビザが必要ないんですよ」と教えてくれた。先生は学生たちに「先生はお酒が強いんですよ〜」とからかわれていた。先生は「まぁ一番強いのが今喋ってたあの女性なんですけどね、本当に困るくらい強い」と苦笑していた。「いつか釜山に来ることがあればチャミスル(韓国のお酒)でも飲みましょう」と連絡先を頂き、先生たちは行ってしまった。

 

運ばれるコンテナ

運ばれるコンテナ

 

船内倉庫で固定された車両

船内倉庫で固定された車両

 

到着から2時間半後の16時30分。ようやく韓国人も含め日本人の僕たちも下船できた。そこから入国審査を済ませて外に出るまではさらに1時間もかかった。入国審査の建物の中は分かりづらく、外に出るといきなり道路だったり上階にあがろうとすると、案内板もない普通の扉が入口になっていたりして少し迷った。

 

2泊3日の船旅も無事に終了

2泊3日の船旅も無事に終了

 

国際フェリーターミナルの建物の外

国際フェリーターミナルの建物の外

 

国際フェリーターミナル内

国際フェリーターミナル内

 

ウラジオストクの国際フェリーターミナルの中は、なんとなく少し薄暗い感じだった。中島さんは両替、僕はATMでロシアの通貨ルーブルを用意した。ATMはロシア語表記で、これは全然わからなかった。学校で勉強したこともない言語がこれほどまでにわからないものかと困った。とは言えガイドブックを見ながらなんとか無事にお金もおろせて、これでやっと使えるお金が手に入った。ウラジオストクと日本の時差は1時間、中島さんの両替を待つ間に腕時計の時刻を1時間遅くして直した。ついでに、これから行く宿の位置も確認した。

 

ウラジオストクの街の地図

ウラジオストクの街の地図

 

キリル文字でウラジオストク

キリル文字でウラジオストク

 

中島さんと合流して外に出るとハンバーガーの売店があったので「昼飯食わんか昼飯!」と誘われたので「ええ!良いですとも!(金もあるし)」と言ったのに、結局僕は建物の中に戻って買っていただいたハンバーガーとメロンジュースをごちそうになっていた。ハンバーガーは旨かったけど、ジュースはねるねるねるねのメロン味のようだった。嘘みたいなメロン味。食べ終わって歩道橋を渡り駅(ヴァグザール)前の広場に出た。

 

ウラジオストクヴァグザール(駅)

ウラジオストクヴァグザール(駅)

 

ここで中島さんとはお別れ。「にのさんいつか志賀島に来てください一緒に釣りをしましょう」「中島さんもお元気で、どこかから手紙を書いて送ります」と約束し握手をした。中島さんはここから予約していたホテルへとタクシーを拾って行ってしまった。僕はそのタクシーを見送った。

 

駅前のロータリー

駅前のロータリー

 

初めての旅の仲間、中島さん。中島さんには話をほとんど聞いてもらえなかったけど、何かと豪快で声が大きく気前の良い九州男児だった。40歳も歳の離れたその人のおかげで、実に楽しい船旅になった。中島さんの旅が良いものであることを願って、僕は僕の道を行く。バックパックを担ぎ直してまた一歩、歩き始めた。

 

つづく

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