僕とロシア軍

エドと食べた夕飯

「この車両かエド〜来たぞ〜」「あっ、ニノさ〜ん、こっちで〜す」「ん?何だこの車両?」「な〜エド?あの迷彩服の集団何?」「彼らはハバロフスクから移動中の軍の人たちです」「えっ!この人たち全員ロシア軍なの?」「そうです」「ほとんど全員じゃねぇかここの!?」「そうですよ」

 

キーロフを出発する時「あなた日本人ですか〜?」と日本語で声をかけられた。こんなところで日本人?と思って振り向くと、そこにはでかでかと北海道展とプリントされたTシャツを着たロシア人の男性が立っていた。彼がそのエドワード。「私のことは気軽にエドと呼んでください。後で夕飯一緒に食べましょうよ、私は隣の車両にいますので」「おっ、おう」というやりとりがあった末に、僕はエドのいる車両に来ていた。

 

「エド、これもらいものだけど、お茶とチョコレート差し入れな」「ありがとうございます。それじゃあビールあるんで、乾杯でもしましょうか」「あっ、うん。乾杯」僕たちは坊主頭の厳つい軍人さん達に囲まれながら僕らはグラスを交わした。

 

エドと乾杯したビール

エドと乾杯したビール

 

「エドはなんでそんなに日本語うまいの?」「あ〜私、日本で働いてたんですよ、各地に異動があったので色んなところに行きましたよ」と言って、北海道でスキーをしたり、京都の清水寺に観光したり、三味線を弾いたり、友人と回転寿司に行ってる写真を見せてくれた。「ラーメンも好きです。よく仕事帰りに食べました。でも、お寿司が一番好きかな、日本はお寿司を食べようと思ったら回転寿司で安く食べられますよね、ロシアではどこへ食べに行っても高くなっちゃうのが残念です」

 

「これは私の娘です、今8ヶ月になります」一人娘の写真を見せてくれたエドは「私、モスクワに住んでますから、何か困ったことがあればここに連絡ください」と連絡先を教えてくれた。

 

エドと話していると日本語が珍しかったのか、軍の人たちも会話に割り込んできた。iPhoneで演習中の写真や動画を見せてくれたエディック、極真會空手有段者のジョナ、何故か一人青いジャージを来ていたヴィクター、サムスンのデジカメを持ってたアレクシー、エトと僕の写真を撮ってくれたマガ、エドの向かいの席で僕にペンを貸してくれたイワン、本当に見かけによらず気さくな人たちだった。

 

特に仲良くなったのが歳が近かったエディックとジョナだった。エディックは「これ見てよ」と軍の演習中の様子や休みの時に宿舎で踊ってるジョナの動画を見せてくれた。エドに通訳してもらい「これ見せて良いものなのか〜?」とか「すごいなこれ?」「すごいだろう」とか、宿舎での休み様子はまるで部活の合宿のようで、軍の人とはいえまだ若い青年達なんだ、学生たちみたいだと彼らを身近に感じた。

 

エド達と食べた夕飯

エド達と食べた夕飯

 

ジョナが「スイカあるけど食べる?」と聞いて持ってきたのでごちそうになった。ジョナは軍用ナイフでスイカを切ってくれた。「すごい切れ味だな」と驚いているとナイフを貸してくれたので、持ってみたら見かけによらず軽かった。それに刃に入ってた模様が綺麗だった。お礼にとビールを一杯勧めてみたら「軍務行動中だからお酒は飲めないんだ」と断られてしまった。「それもそうか、じゃあこれあげる」と日本の5円玉を渡したら、これは喜んでくれた。「何と言うか、まぁ日本のラッキーコインみたいなもんだ」と伝え「んじゃエド、うちらだけで申し訳ないけど、彼らに乾杯だ」と言ってグラスを鳴らした。

 

この後も話は尽きなくて、日本のことを話したり、ロシアのことを教えてもらったり、ヴィクターとマガが「実は一本あるんだ」とこっそりと僕にビールをくれたり、一緒に記念写真を撮れるか聞いたら「それもダメなんだ」と残念になったり「これ僕らからニノへプレゼントだ」と軍用携帯食とロシア語で僕宛にメッセージを書いた軍用ベルトをくれた。楽しかった、嬉しかった。良い人たちだった。

 

そうして僕のシベリア鉄道最後の夜は更けていった。

 

つづく

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